今回の記事では、かつては外交官として北朝鮮の拉致問題や核問題に対応し、現在、外務省顧問及び立命館大学特別招聘教授を務める薮中三十二氏について記事をまとめていきたいと思います。
薮中三十二氏の
・高校や大学
・経歴
・年収
・妻や娘
などの情報を調べてみたいと思います。
薮中三十二の経歴や学歴は?
薮中三十二氏の経歴や学歴についてまとめていきます。
薮中三十二の経歴は?
名前 | 薮中三十二(やぶなかみとじ) |
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生年月日 | 1948年1月23日 |
身長 | 非公表 |
出身地 | 大阪府 |
最終学歴 | コーネル大学卒業 |
職業 | 外務省顧問・立命館大学客員教授 |
薮中三十二氏は1969年に外務省へ入省。
当時の上司の勧めで外務省上級職を受験し、これに合格したことで翌年より外務省上級職となります。
2年間の英語研修から戻った1973年、最初の在外公館勤務として在大韓民国日本国大使館二等書記官に就任。
この期間、デモ隊が大使館に乱入した際には、大使のボディーガード役を務めたとされます。
本省を経て、1981年には在インドネシア大使館一等書記官を、1983年には在アメリカ合衆国日本国大使館一等書記官を経験。
1986年8月、経済局国際機関第二課長として本省に戻ります。
1987年1月から約3年間は、北米局北米第二課長として日米の経済関係を担当し、日米貿易摩擦から日米構造協議へと実務レベルの経済交渉に臨んでいます。
1996年7月、外務省大臣官房総務課長から局長級の大臣官房総括審議官に昇進。
1998年10月から、在シカゴ日本国総領事館総領事を務め、翌年4月・5月の小渕恵三訪米時、首相のシカゴ訪問をサポート。
2002年4月、シカゴ総領事を離任し、日本に帰国。
同年12月、外務省アジア大洋州局長に就任し、対北朝鮮外交、対中国外交での拉致被害者の返還交渉と北朝鮮核問題における交渉担当者を務めています。
2008年1月より、外務事務次官に就任し、2010年退職。
以降、現在まで外務省顧問を務めています。
その間、大阪大学特任教授や、日米教育委員会日本側共同名誉議長など、外交官以外での活動でも精力的な活動を見せており、2013年より薮中塾グローバル寺子屋を主宰し、多くの若者を世界の舞台で堂々と自らの考えを展開し議論できる人間とするべく、研鑽の場を提供しています。
薮中三十二の本名は?
薮中三十二氏は本名であるとされています。
少し個性の感じられるお名前に、由来が気になるという声もあるようですが、これまで言及されたことはないようです。
薮中三十二の学歴は?
薮中三十二氏の学歴ですが、大阪府立住吉高等学校卒、大阪大学法学部中退・コーネル大学卒になります。
薮中三十二の出身高校は?
薮中三十二氏が通っていた大阪府立住吉高等学校は、1922年に大阪府立第十五中学校として開校。
1948年の学制改革に伴い、新制高校の大阪府立住吉高等学校となり、男女共学を開始。
1990年に国際教養科が併設されたのち、2005年には従来の普通科と国際教養科を再編する形で、「国際・科学高校」として専門高等学校に改編された歴史を持ちます。
薮中三十二の出身大学は?
薮中三十二氏は、大阪大学法学部へと進学しますが、3回生であった1968年に外務省専門職の採用試験に合格したことから、中退しています。
その後、外務省へ入省した薮中三十二氏は、1971年に英語研修で南イリノイ大学、コーネル大学へと留学。
1973年にコーネル大学を卒業しています。
コーネル大学での2年間は最も勉強した時期としており、英語を日本語並みのペースで読めるほどの成果を得ました。
薮中三十二の仕事は?
現在の薮中三十二氏は、上述した外務省顧問のほか、立命館大学国際関係学部特別招聘教授、株式会社野村総合研究所顧問など、他にも複数の企業と顧問契約や社外取締役としての籍を持ち、同じように、複数の大学で客員教授としての顔も持ちます。
顧問としての具体的な役割は明かされていませんが、言葉通りに受け取るのであれば、その専門的な知識や経験をもって、後任の補佐や指導に当たっているものと考えられます。
薮中三十二の家族は?
薮中三十二氏は、家族について公言していません。
なのですが、薮中三十二氏を検索すると、妻・娘という関連キーワードが出てくることが確認できています。
メディアなどで発言はされていないと思われますが、ご自身が主宰する薮中塾などで語ったことがあるのかもしれません。
ただ、現状では結婚していて、娘さんがいる可能性がある、という以上のことはわかっていません。
薮中三十二の年収や月収は?
薮中三十二氏は、現在では顧問、取締役、客員教授として活動しています。
しかし、そのいずれもが、それぞれの企業や大学によって、その契約内容に大きな差があるようです。
外務省含め2つの顧問先、3つの取締役、客員教授を兼任しています。
資料では、顧問の年収は2000~3000万円とされています。(参照:SankeiBiz)
社外取締役の年収は663万円とされています。(参照:GVA法人登記)
客員教授の場合、年収は300~500万円のようです。(参照:研究者のキャリア設計)
外務省の顧問がどの程度の収入であるかが難しいのですが、おおよそ5000万円程度の年収になるのではないでしょうか?
まとめ
今回の記事では、薮中三十二氏について記事をまとめてみました。
若くして外務省で活躍し、外務事務官にまで上り詰めた薮中三十二氏。
現在は、豊富な経験を活かして薮中塾での若者との交流など、人材育成に注力されている印象ですね。
これからも、多くの若者にその知識を分け与えていってくれることでしょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。