川瀬じゅんいち/羽島市長選挙の経歴や家族は?年収や選挙結果も!

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市長

今回の記事では2024年11月17日告示、11月24日投開票予定の羽島市長選挙に出馬予定の川瀬じゅんいち氏について記事をまとめていきます。

川瀬じゅんいち氏の

  • 経歴
  • 家族
  • 年収
  • 選挙結果

などについて記事を書いていきます。

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川瀬じゅんいち/羽島市長選挙の経歴は?

名前 川瀬淳一(かわせじゅんいち)
生年月日 1976年9月29日
出身地 岐阜県大垣市
最終学歴 上智大学外国語学部英語学科
タイ国立コンケン大学大学院地域開発経営学科修了
名古屋大学大学院国際開発研究科(博士後期課程)中退
職業(前職) 会社経営(合同会社タニャポーン代表)
趣味 ジョギング、登山、自然体験、旅行

川瀬じゅんいち氏は大学時代にはアメリカ留学を経験され、卒業後は発展途上国の開発や国際支援の仕事を目指すようになったそうです。

実際にJICA(国際協力機構)の派遣専門家や職員として20年間働き、アフリカやタイなどに15年あまり海外駐在されたそうです。

JICAの仕事は、対象国によって異なるでしょうが、各国政府高官や技術者、地域住民と深く関係性を築きながら、地域に必要な公共事業運営等の支援をするお仕事ですから、川瀬じゅんいち氏も得意な語学を活かし、対象国の公共政策に携わったと思われます。

特に、その国や地域がどうしたらより発展するか、そのために日本政府や日本企業は何ができるかを考え調整する立ち位置は、準公務員ながら、先見の明やきめ細かい個別対応能力などを培ったと推察されます。

川瀬じゅんいち氏ご自身によると、「海外駐在で途上国の開発援助に長年携わった後に、日本のために、特に自分の地域のために一番貢献できる仕事は何かと考えて、政治家に行き着いた」そうです。

そこで、まず地元で市長を目指す道を選び、今回の羽島市長選出馬となったと思われます。

川瀬じゅんいち/羽島市長選挙の学歴は?

川瀬じゅんいち氏の学歴は、岐阜県立大垣東高校卒業上智大学外国語学部英語学科卒業タイ国立コンケン大学大学院地域開発経営学科修了名古屋大学大学院国際開発研究科(博士後期課程)中退です。

出身高校は?

岐阜県立大垣東高校は、岐阜県大垣市にある公立高校です。

高度経済成長期における大垣市周辺の人口増加に対応するため、市内3校目の公立普通科高校として1974年に開校しました。

創設時は普通科のみでしたが、その後、平成17年に理数科1学級が併設されました。

イギリスのセントジョージ校と交流を行っており、訪問団の交換なども行っているそうです。

8~9割の生徒が四年制大学へと進学する進学校として有名で、国公立大学や、早慶をはじめとする有名私立大学にも多数合格者を輩出している実績があります。

出身大学は?

上智大学は、東京都千代田区に本部を置く私立大学で1913年創立、1928年大学設置しました。

上智大学は、日本最古のカトリック教会系大学で、米国のジョージタウン大学、フォーダム大学など世界各国のイエズス会系校と提携関係にあるほか、世界の373大学と協定を結んでいます。

外国語学部は、1958年に設立され、英語学科、ドイツ語学科、フランス語学科、イスパニア語学科、ロシア語学科、ポルトガル語学科の6学科が設置されています。

2年次秋学期に、9つの研究コースから1つを選択・登録し、関心のある領域について専門的な研究を進めていきます。

タイ国立コンケン大学はタイ東北部の主要都市コンケンにある東北部最大の国立総合大学で、1964年設立です。

農学部、工学部、医学部、看護学部、教育学部、人文社会科学部など19学部と大学院から構成され、40,000人以上の学生が学んでおり、留学生も多いです。

コンケン大学はタイでも3本の指に入る難関校ですが、仏教国でもあるタイの人たちは皆優しく、礼儀正しく相手のことを思いやる社会で、留学生も安心した生活が送れます。

国際開発研究科は、名古屋大学大学院に設置される研究科の一つで、環太平洋地域の国際協力等に関する独立研究科として、1991年に設立されました。

開発途上国が経済社会開発を進めるうえで直面する貧困、不平等、紛争といった発展を阻害するさまざまな課題について分析し、これら課題の解決に向けた戦略の立案に資する政策研究と教育を担っています。

すべての授業は英語で行われ、在学生の約80%は留学生で、日本でトップレベルの国際的な学修環境を提供しています。

川瀬じゅんいち/羽島市長選挙の家族は?

川瀬じゅんいち氏のご家族は、タイ国籍の奥様と、インターナショナルスクールの高校に通う娘さんがいらっしゃいます。

川瀬じゅんいち氏がJICA職員として海外で仕事をしている間もご家族は一緒に海外についていらしたそうですし、帰国後高山市に出したお店には奥様の名前を付けたというエピソードもあるくらいですから、仲の良さがわかります。

また、ご家庭の中での会話は、奥様とはタイ語、娘さんとは日本語でするそうです。

川瀬じゅんいち/羽島市長選挙の年収は?

川瀬じゅんいち氏は会社経営をされていますが、収入についての情報は確認できませんでした

川瀬じゅんいち/羽島市長選挙の実績や評判は?

川瀬じゅんいち氏のこれまでの実績は、JICAの派遣専門家及び職員としてザンビア・マダガスカル・タイの3ヶ国に15年間駐在、帰国後は宿泊施設経営(高山市)をされていますが、羽島市民には国外や市外での活動は分かりにくいかもしれません。

川瀬じゅんいち氏自身が選挙活動中に、JICAという準公務員として活動した経験知に基づくコミュニケーション能力や交渉術、あるいは経営手腕を、羽島市の市政運営にどのように活かせるかを、具体的に伝えることができるかがポイントになると思われます。

川瀬じゅんいち/羽島市長選挙の公約は?

川瀬じゅんいち氏が選挙公報に載せている公約は以下の通りです。

子育てを全力で支援します
・小中学校、幼稚園・保育園の給食費無償化
・3歳未満児の保育料を無償化
・小中学校の体育館にエアコンを設置
・安心、安全な通学路の整備

最重点施策
・新濃尾大橋⇔大藪大橋間の直通道路の早期開通
・羽島市民病院の経営改善プランの早期策定
・グローバル教育の拡充へ英語を学ぶ環境の整備
・一宮市と連携、濃尾大花火大会の再開

川瀬じゅんいち氏の政策は、子ども支援を中心に据えています。

しかし、まずは現市政がすでに3期続いた多選による弊害で機能していないことを訴え、今回の市長選をトップ交代のための機会と捉え、市民に現市政の是非を問うアピール方法になっている印象です。

また、街頭活動では「わかもの」「よそもの」「ばかもの」だからこそできることがあると自身を道化的に表現して、他市出身というハンデをカバーし、市民からの理解や支援を得られているようです。

川瀬じゅんいち/羽島市長選挙の立候補した理由は?

川瀬じゅんいち氏が今回の市長選に立候補された明確な理由は、確認できませんでした

ただ、選挙活動中の演説やホームページ等で、「海外での活動をしてきたが故郷岐阜のことも大事に思っている。そして、海外活動や行政経験、経営といった今までの経験を活かせるのは地方政治であると強く思うようになった。羽島市の課題を知る中で、まさに羽島市長選挙のタイミングだった。」と話されています。

つまり、川瀬じゅんいち氏ご自身の出身地ではないものの、岐阜県のために今までの経験を活かしたいというお考えが強く、地方行政に意識を向けたタイミングでまさに今回の羽島市長選挙があり、出馬になったのではないかと推測します。

川瀬じゅんいち/羽島市長選挙の選挙結果は?

川瀬じゅんいち氏は、これまで選挙への立候補の経験はないと思われます。

川瀬じゅんいち/羽島市長選挙の引退の可能性は?

川瀬じゅんいち氏引退についての情報は確認できませんでした

川瀬じゅんいち氏は今回が選挙への初挑戦です。

世界で活動してきたからこそ、故郷岐阜への思いが強くあり、地方行政に携わりたいお考えのようです。

政治の世界において40代はまだまだ若く、川瀬じゅんいち氏自身も「若さでチャレンジ」というスローガンで熱く活動されていらっしゃいます。

今回落選となっても、再び地方行政や市政への挑戦はされるのではないかと思われます。

まとめ

羽島市選挙には、川瀬じゅんいち氏のほかに、4選を目指す現職の松井聡氏と新人2名が出馬されています。

今回の選挙は、3期12年の現市政の評価が最大の焦点ですが、岐阜羽島インターチェンジ周辺やJR岐阜羽島駅周辺の開発、市民病院の財政健全化なども争点になっています。

各候補者の政策や公約の現実味など、市民の皆さんの注目が高い選挙になると推察します。

最後までお読みいただきありがとうございました。