猪原弘子/北杜市長選挙の経歴や家族は?年収や選挙結果も!

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市長

今回の記事では2024年11月10日告示、11月17日投開票予定の北杜市長選挙に立候補した猪原弘子氏について記事をまとめていきます。

猪原弘子氏の

  • 経歴
  • 家族
  • 年収
  • 選挙結果

などについて記事を書いていきます。

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猪原弘子/北杜市長選挙の経歴は?

名前 猪原弘子(いのはらひろこ)
生年月日 1970年12月9日
出身地 福岡県糸島市
最終学歴 長崎県活水女子短期大学
職業(前職) 株式会社TEMPO代表取締役社長
趣味 不明

猪原弘子氏は福岡県糸島市で生まれ育ち、小学生のころからお菓子作りが好きだったそうです。

ご自身で作ったアップルパイを学校で友人と一緒に食べたこともステキな思い出として語られています。

長崎県の短期大学を卒業後は、株式会社十八銀行(現十八親和銀行)に入行され9年間務められました。

30歳で一念発起しドイツへ渡り、製菓職人資格取得の勉強をし、その後製菓職人として3年間ドイツで働いておられました。

ドイツで出会った現在の夫との結婚を機に日本へ帰国し、北杜市で夫と共にパン屋”バックハウスインノ”を開業されました。

お店と子育てのお忙しい中、中部横断自動車道の建設に反対する住民運動や太陽光パネルの乱立から北杜市の景観を守る住民運動も続けられています。

​「地域の自然環境を守りたい」との純粋な気持ちで署名活動に協力したことから始まっているそうですが、猪原弘子氏の活動の基本にあるのは“地域のコトは地域で決める”地域主権主義です。

そうした、地域の困りごとを見つけて、できることを考えやってみる、という猪原弘子氏の姿勢が周囲の方たちの信頼と期待を集め、自然な形で今回市長選への出馬になったと推察されます。

猪原弘子/北杜市長選挙の学歴は?

猪原弘子氏の学歴は、福岡県立糸島高等学校卒業、長崎県活水女子短期大学家政科卒業です。

出身高校は?

福岡県立糸島高等学校は、福岡県糸島市にある公立高等学校で、通称は「糸高」(いとこう)です。

1902年に開校した「前原女子実業補習学校」と1922年に開校した「福岡県糸島中学校」を前身とし、統合等を経て1949年に男女共学の「福岡県立糸島高等学校」となりました。

2022年から県立高校では珍しい医療・看護系クラスが開設され、大学で学ぶことを一足先に学ぶことができるようになっているそうです。

また、新時代に対応した高等学校改革推進事業(創造的教育方法実践プログラム)の指定を受け、Society5.0時代に対応する先進的な新しい学びの研究・開発を九州大学等と連携して実施しています。

グローバル人材を育成する国際交流・英語教育にも熱心で、ニュージランド海外ホームステイ研修、韓国ソジョン高校と日韓生徒交流・国際交流授業があり、また実用英語技能検定試験は全員が受験する体制になっています。

九州内の国公立大学や私立大学への進学が多く、地元に根差した高校と言えそうです。

出身大学は?

長崎県活水女子短期大学は、長崎県長崎市にあった私立短期大学で、設置主体は学校法人活水学院です。

1879年に設立された活水女学校が、法人認可や小学部、専門部、大学部などへ改組されるなどの過程で、短期大学としては1950年に設置され、2005年に廃止されました。

エリザベス・ラッセル宣教師により設置された「活水女学校」が起源となっており、その伝統からキリスト教思想に基づいた教育がベースとなっていました。

3学科(英文科、家政科、音楽家)体制で開学し、猪原弘子氏が在籍したころは日本文学科を加え、4学科に増えていたそうです。

猪原弘子/北杜市長選挙の家族は?

猪原弘子氏にはドイツの製菓修行中に出会った日本人のお子さんがいらっしゃいますが、お子さんの人数等詳しい情報は確認できませんでした。

猪原弘子/北杜市長選挙の年収は?

猪原弘子氏は夫とパン屋”バックハウスインノ”を開業され、他にも株式会社TEMPOを起業されていますが、収入についての情報は確認できませんでした

猪原弘子/北杜市長選挙の実績や評判は?

猪原弘子氏は、約20年前、結婚を機に北杜市に移住しておられます。

もともと地元出身ではないにもかかわらず、中部横断自動車道の建設に反対する住民運動や太陽光パネルの乱立から北杜市の景観を守る住民運動を続けておられます。

地域のことを知り、そこで生活をする自分たちが変わらなければ生活を守ることはできないという信念のもと、実際に行動されておられます。

そのような“地域のコトは地域で決める”地域主権主義を実践し続ける猪原弘子氏には、理解者や賛同者が広がっています。

猪原弘子/北杜市長選挙の公約は?

猪原弘子氏は、ご自身のホームページに政策と公約を詳しく載せてあります。

政策と公約は以下のポイントでまとめられています。

地域主権主義
地域のコトは地域で決める 
住民の「困った」を聴く 
市民目線の行政へ転に
オープンで透明性の高い市政へ

新庁舎建設問題
防災問題
農業・里山
自然環境
​公共交通
教育
ジェンダー
中部横断道
文化芸術
国際交流
産業と雇用

猪原弘子氏はちょうど北杜市が合併した時期からお住まいです。

そして、​「地域の自然環境を守りたい」という純粋な思いから住民運動を続けてこられたゆえか、市民側から見える北杜市が抱える課題や、市政の問題点がとても具体的であるという印象です。

市民の立場で市政に物を申す際にはいろいろな壁もあると想像できますが、それを経験された猪原弘子氏だからこそ、行政主導ではなく、市民の声を聴く対話による市政を主張しておられるのであろうと推察できます。

猪原弘子/北杜市長選挙の立候補した理由は?

猪原弘子氏が今回の市長選に立候補された明確な理由は、確認できませんでした

ただ、出馬表明の折には、「生活に直結する行政の事業は、住民の声を聞きながら進めていくべきだ。住みやすい北杜市を未来へ残すため、新しい市政を届けたい」と述べておられます。

また、ブログ等から推察するに、住民運動を通して行政と関わる中で、「現在の市政は市民の声を聴かない。当たり前のことを求めているのに、理不尽なことがまかり通る」という不満も大きくなってきたと思われます。

そして、「行政主導ではなく、市民の声を聞く市政をつくる」、「誰もが北杜市に住んでよかった! と思えるまちにしたい」「私がやるしかない」というお考えにつながり、今回の出馬になったと推測できます。

猪原弘子/北杜市長選挙の選挙結果は?

猪原弘子氏は、住民運動をされておられますが、これまで選挙への立候補の経験はないと思われます。

猪原弘子/北杜市長選挙の引退の可能性は?

猪原弘子氏引退についての情報は確認できませんでした

猪原弘子氏は今回が選挙への初挑戦です。

住民運動を続け、地域の困りごとに対して真剣に向き合っておられる猪原弘子氏を頼りにしている市民も多く、周囲からの支援は広がっている印象です。

猪原弘子氏自身も「誰もやらないなら自分がやればよい」とおっしゃり、市政参画への強い気持ちが感じられます。

今回落選となっても、再び市政への挑戦はされるのではないかと思われます。

まとめ

北杜市長選挙には、猪原弘子氏のほかに、現職の上村英司氏と元県議の大柴邦彦氏が出馬されています。

今回の選挙は、1期4年の現市政の評価が最大の焦点と言われ、合併前の旧8町村から残る公共施設の再編などが争点になっています。

各候補者の政策や公約の現実味など、市民の皆さんの注目が高い選挙になると推察します。

最後までお読みいただきありがとうございました。